のんき妻と頑固夫の介護生活


by kouchanyoko

カテゴリ:母の言葉( 9 )

スーパーのレジでね

忙しすぎるせいなのか、日常品のお買い物も面倒で、食料品だけは買わずばなるまいと、
夕方、スーパーへ、。

いつも混んでいるレジ。

私の後ろにき並んだ中年女性が手に一個だけ、商品を持っていたので、私の順番が来た時に

『どうぞお先に』と譲りました(ここまでは私も普通のいい人のつもり・・・・・・・・001.gif

するとその女性『あ~すいません~~~』とレジ係りの後ろに預けてあったんですね~。

山のような買い物かごにその一個の商品をぽーんと投げ入れました。 


いやーー、いいんですけどね、でも普通、『私も沢山だから、いいんですよ』

とか言わないのかなぁ~~と思った訳、(こう思うのは心の狭い人なのだなぁ~~)


私なら『買い物が多いですから』といって譲ってもらわないだろうけど
人の善意には素直に従ったほうがいいんかいな?


『子育てが終わって、ご主人のお給料や社会的地位もあがって、自信満々の中年女性が
怖いもの知らずで、我が物顔で、恥じらいがなく、一番良くない』と

まだ結婚前の若いわたしに母が良く言っていたことである。

中年となってからの自分をずいぶんと戒めた母の言葉である・
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by kouchanyoko | 2012-07-01 08:35 | 母の言葉
今まで生活保護のこと無縁でした。

生活保護を受けなくて済むのは、まあ、平凡ながら”明日のお米に困らない”
という生活が続けられてきたということで、シンプルにそれくらいの感覚でしかありませんでした。

生活保護の人のほうが良い生活しているよね~~~~なんていう話題が主婦同士の間で
出ることはありますけどね。


最近芸能人の母親が受給していることで大騒ぎ????ってなっていますが。

子供は親を扶養する義務がある・・・・・・・・・・・・・へぇ~~~そうなんだって(無知ですね~~)

亡くなった母は


『子供が親の面倒をみるのは当たり前ッて言うけれどね、動物の世界ではその考えは
 人間だけと思うの。
 ほかの動物はね、子供が独り立ちするまでは親が面倒みるけれど、子供が一人で生きて
 いけるようになったら年老いた親の面倒を見てくれなんて言わないでしょう?

 子供を当てにしない、迷惑をかけない、そういう風に老後の覚悟を持つべきだと思うの。』

その言葉通り、89歳で亡くなった母の老後は見事であった。
とても悲しい事も、とてもつらい事も、とても苦しい事も、愚痴を言わずに、胸に収めて
いつも笑顔で人生を全うした。

本当に辛い胸の内を、じっと我慢していた、母の心情を、思いやることが出来なかった
愚かな娘は今とても後悔している。

そんな風に母の言葉が胸にあるのか、

売れっ子芸人で高収入なのに親の面倒を見ないのかというバッシングを見ると

『親と子の生活は別なものではないのかな??』と思い

親の言葉の影響力の強さに驚いているこの頃である。

親の窮状には子の愛情として当然手を差し伸べるであろうし
親は出来るだけ子に迷惑をかけたくないと思うであろうし、
やっぱり他の動物と人間はこの点が違って当然なのだろうと思ったり・・・・・・。


愛情たっぷりでとても優しく、賢明な人で、我が子が第一という母だったのに
こんな風に考えていたんだなぁとふっと思い出した次第である。

もちろん我が輩は年老いたら、動けなくなったら・・・・・・・・


我が子に甘えようと思うの………・・・・・・・。。。。。。。少しだけね。


 
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by kouchanyoko | 2012-06-12 10:55 | 母の言葉

劣化していると

昨夜の報道番組で『政治家が劣化している』とコメンテーターが怒りを
込めて言っていました。

政治家が劣化してるってことは・・・・・選んだ我々の意識の劣化も意味していると思う。

年を重ね、人間的にも熟成してもいいはずなのに、私自身はやっぱり劣化に
向かっているように思う。

心がひがみっぽくなっていないかな~?

意味なく怒りっぽくなっていないかなぁ~?

負けん気が強くなっていないかな~?

私が私が・・・の自己主張が強すぎないかなぁ~?

出しゃばり過ぎていないかなぁ~~?

家に閉じこもっていると気付かない自分を、反省するためにも
出来るだけ人の中に出てみる努力も必要だなぁと・・・・・・・



なにをするのも面倒に感じるようになってきて、
自分に喝を入れているこの頃。

私の結婚生活を見て

『あなたには、そんなことさせたことなかったのにね~~~007.gif


と私の母は、主人に聞こえないように小さな声で良く嘆いていました。


本当に結婚してからの私は独身時代とは比べられないほど、
良く働かされ・・・・・あれっ違った!・・・・よく家事をこなし011.gif

母にすると、末っ子で、大事に育てたのにって意識があったのでしょうが
その時の私は、



(だから…私はこうして駄目主婦なのよね~~~。いつもどなられても
 仕方ないのよねぇ~~)

なんて妙に納得したものである。

きっと苦労して育ったおとうちゃまは、のろまな私にイライラしていたことでしょう。

そうして今の私は熟成もせず・・・・・・劣化か?


劣化の反対語は・・・・・・・・??

熟成の反対後は・・・・・・・・??

私、、、、、年齢だけは充分に熟成されておりますが023.gif
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by kouchanyoko | 2010-12-06 10:24 | 母の言葉

言ってた通りだね。

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庭の”姫木蓮”がやっと開きました。

今日はとっても良い天気です。お弁当持って熱いお茶を持ってハイキング・・・
出来たらどんなに楽しいでしょうね。

想像するだけでもワクワクします。

そうね~、私はせめて外の空気を吸いに庭の雑草取りでもしようかな~~~。


ラン・ラン・ラララァ~~~♪

(決して心から楽しい訳じゃありません、自分を励ますランランランなのです)


三十年前に家を建てたとき、うれしくて無理して庭木を購入。

その時母が小さな声で
『木はねぇ。植えた時はいいんだけど、大きくなるからねぇ、あまり
 植えないほうがいいと思うよ。今に手に負えなくなるから』



はい、おっしゃる通りでございました。
今、手に負えなくなり、植木屋さんに剪定のお願いをしているところです。

数年前は自分で脚立に乗って自分で剪定していました。
(道行く御近所の方々に『危ないよ~~』と毎回声をかけられながら)

でももう高いほうには手が届かなくなりました。

木が伸びたのか?・・・・・私が縮んだのか?

今、母のいったとおりになり、言うことを聞いておけばよかったかなぁ~
と後の祭りの反省をしております008.gif 


   
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by kouchanyoko | 2010-05-09 10:08 | 母の言葉

ギョッとしただろうにね

小学校4年生のころ、学校の図書館から”にんじん”という題名の
本を借りてきました。

読み進んでいるうちにわからない言葉が・・・・・
台所で食事の支度をしていた母に

『ねぇ、せっぷんってどういう意味?』

少し間が開いて

『何処で見たの?』と母が聞く。

『今読んでる本に出てたの』と本を見せると

『キスって言う意味だよ』と静かに教えてくれました。

は、は、はずかしい!!キスの意味は知っているのに、
何故、接吻がわからないんだ・・・・ばかだなぁ自分!!!

前後の関係で大体解って本を読んでいたつもりだったんだが・・・・
きっと小説の内容からここで、キスするのが不自然な感じだったのだろう、
それで”接吻”が理解出来なかったんだろうって・・・気がする。

読んでいてもなんか変わった不思議な親子関係だなぁて思ったもの。
(母もきっとギョッとしたことだろうな)

我が家の子供たちは情報量の豊富な時代に育ったから、母である私に
そう言う関係??のことは一切聞いてこなかった。

しっかり自分で学習していたようである037.gif
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by kouchanyoko | 2010-04-05 11:42 | 母の言葉

身近に歴史パート2

以前にもブログに書きましたが、両親は年取ってから、やっと恵まれた女の子が心配でならなかったようです。

『もう少し、色が白ければ良いのにね〜〜、色白は七難隠すっていうからねぇ』
私の顔には隠さなければならない”難”がそんなにあるんだろうか?
と子供心に思ったものです。

『もう少し、目がパッチリしていればいいのにねぇ』
パッチリした目の母が残念そうにいいます。

『でもこの子はツヤツヤして良い髪の毛だよねぇ。それにもみあげが長いから
 大人になって、お化粧したらきっと綺麗になるよ』
と祖母が何時も言っていました。
(今思うと余りフォローにはなっていない気がしますけどね)

決定打は下記の出来事です。
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4歳の時に写真館で撮ったものです。
戦後の物の無い時代に”錦紗”だとか言って、着せられて写真館に連れて行かれました。

出来上がった写真を見た父は激怒し、写真館に”苦情を言って来る”と
大騒ぎし、母や兄たちが必死に止めたそうです。
(こんなに不細工な筈が無いとでも思ったらしい)

いまでもこの時の父の気持ちは可笑しいけど嬉しい気がする。

私が大人になってからもこの”エピソード”?は母の笑いの種でした。
当事者の私は可愛くない娘で、ごめんなさいと両親に申し訳ない気持ちになったものです。

幼い頃から『もうちょっと、こうだったら良いのに』と顔のことについて
いわれていた私がいじけず素直に?に成長したのはひとえに自分自身が
しっかりしていたから??人間は顔じゃないと知っていたから????



なぁ〜〜〜んて訳はないよねぇ011.gif



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三歳の時の写真です。

これを見るとね・・・・・・・
娘の顔について心配していた親心がよーくわかります。
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by kouchanyoko | 2010-03-31 09:10 | 母の言葉

身近に歴史???

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                   午後6:30頃のお月様

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                   生後百日の私の父の写真

明治32年7月25日と記されています。

もう110年も前の写真なんですね。
今からは考えられない事ですが、カメラなんて家に無かった時代です。
 市内の写真館で撮影したものです。

私が物心ついてからの父はもうおじいちゃんって感じでしたので、
赤ちゃんの時もあったんだ〜〜なんて当たり前の事に感慨を覚える。

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             母が二十歳の春に写した写真である。

この二人が出会って現在の自分があることに不思議な縁を感じます。

母は青森県の出身で、婿養子に入った母の父親は”婿”という立場に鬱屈があったようで、
お酒が入ると妻に当たっていたようです。

しかしとてつもない子煩悩で一度も叱られた事が無く、母親に叱られて泣いていると
膝に抱いて『いいか〜、これはこうなんだ、ああなんだ』と優しい声で
言い聞かせていたそうです。大好きな父親だったと良く言っておりました。

余り裕福な生活ではなかったけれど、とても幸せな子供時代を送ったらしい。
当時、製糸工場のお偉方が立派な馬車に乗って金ぴかに着飾って、村の若い娘さんたちを
『工場で働かないか』と美味しい言葉で誘っていたそうです。

しかし、母の父親は決して娘を手放しませんでした。
『とても有り難い事だった』と後年、母は思ったそうです。
母は娘三人の姉妹でしたから誘いもしつこかったようです。
「女工哀史」の時代をリアルタイムに生きていた母。

歴史の教科書に載っているような話
私が生きて来た時代も教科書には歴史として扱われているのだそうで。
長いような、一瞬の様な時間の流れである。

私には後世の歴史に残るような立派な功績は一個もないけどね037.gif
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by kouchanyoko | 2010-03-30 10:32 | 母の言葉

敵は愛せない!?

          今朝の空
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昨日は演奏会、練習、早めの打ち上げで充分楽しみました、

今日の本番はできることなら、お休みしたい015.gif


”汝の敵を愛せよ”

特定の宗教を持たない私でも知っている,聖書の言葉。

”敵”と言うような相手は廻りにはおりませんので、深くは
考えた事はありませんが,私には出来ない事だわ〜という事は
解っています。

曾野綾子さんもカソリック教徒でありながら.この言葉に引っかかりを
持って居られたようですが、長い年月の末、

心から”敵”を愛することなどできないのだから、せめて愛しているような
態度で相手に接することなのだ、と理解出来た時、ストンと気持ちが
納まったというような事を、書いて居られます。




子供の頃から色々な話を母が話してくれましたが

”憎い鷹には餌をやれ”

『いつか嫌だな〜この人!と思う時があったなら、そう人にこそ
こういう気持ちでおつき合いしなさい、決して物で相手の心を釣る
という事ではないんだよ。

万が一自分と合わない人とおつき合いしなければならなくなった時にね、

嫌いな人には物なんて上げたくないよね。
でも一方的に嫌わずに、何か喜ぶ物でも上げよかな?というくらいの
気持ちを持って、人とおつき合いしなさい』

と小さな私に噛んで含めるように教えてくれたものです。

共通する意味の言葉だなぁと母の言葉を思い出しています。

”傀儡師、胸に下げたる人形箱、鬼を出そうと仏を出そうと”

この言葉は年齢と共におつき合いする方が少しずつ増え、
時には嫌な思いをする事もありますけど、すぐにこの
母の言葉が胸に浮かびます。

言葉の意味もさることながら、そういう風に私に教え残そう
とした母の愛情をしきりに感じる今日この頃・・・・・・

ひょっとして・・・・お迎えが近いの????
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by kouchanyoko | 2010-02-14 07:46 | 母の言葉

猛吹雪だ〜〜

今日は大雪である。

今年から新しく始めようかなぁ、と思っていた事があったんだけど、

      や〜〜〜めた!!
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ここで、突然過ぎる!!のではありますが。
懐かしい写真を残しておきたくて。


昭和三年、父30歳、母21歳の結婚式の写真
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父は大酒飲みで、飲む事にしか興味が無くこの年齢までどんな
お嫁さん候補が来ても見向きもしなかったらしい。

でも母との結婚話が来た時には即OKしたそうである。

娘から見ても父が母にべた惚れなのは解る程だったが、
母の方はどうなのかなぁ〜とある日尋ねてみた。

『そうね〜〜,今は夫婦としての情愛はあるけど、
 最初から恋愛感情は無かったわねぇ〜〜』

『へっ!!!』

明治生まれの女性なら、きっと恋愛なんて考えられない事
だったのかもしれませんが・・・・・・、

その時の私にはちょっと衝撃的で、話の続きは
聞けなかったの・・・未だ若かったもので015.gif
(それにね,勝手に両親のロマンティックな恋愛話を
 期待していたものだから)



でも、もしかして母にも別な男性との恋があったのかも知れない
と想像してみると、もっと詳しく聞いておけば良かったなと
思っている。

昭和四年、新婚一年目の記念に撮った写真。
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父はサングラスをかけているけど、当時流行していたのか?
結婚当初はプクプク,ふっくらの母も一年後には少し痩せちゃっている。

長男の嫁として苦労したんだろうなぁ〜〜〜。
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by kouchanyoko | 2010-01-05 11:06 | 母の言葉